長い休日

とにかく書く。

胚芽の頃(仮)

 

ひとひらの 涙が雪と 結ぶ夜

ガムを噛みつつ 走る一号線

 

予感だろうか。忘れていた感覚がふと戻ってくる時がある。今朝、カーテンに見つけた米粒を見て、

 

カーテンの 裾に見つける おむすびの

はぐれた米粒 5年目の朝

 

なんて言葉が自然と連なってくる。

そんな朝、めずらしくポストには一葉の手紙。年賀状くらいしか届かないのになぁ、なんて思いつつ、

 

便りには 少し早めの 「来年も…」

見据えて越すが 冬のくまさん

 

“冬のくまさん” って、他に冬眠する動物が思い浮かばなかっただけなのだけれど、それでも格好がつかなさすぎるだろう。

そう思い、手紙を読む。

 

断たぬ歯は 豆腐にもろく カマキリの

卵に刃を立つ 祖父がまほろ

 

差出人は不明。ただ、こんなことを書く知り合いなど1人しかいない。かつて去った故郷、ユートピアにも準えられた町、今は遠く淡い記憶のなかだけに存在する葬られた町…そんな場所から送られてきたというのか。

行ってみるべきか。自ら巻き上がる感情の渦に戸惑いながら…行かねばならないだろう。

 

巻き上がる 嵐を躱し ユートピア

太もも撫で上げ いま走り出せ

 

そして今、寒い夜を走っている。

 

ひとひらの 涙が雪と 結ぶ夜

ガムを噛みつつ 走る一号線

 

思い出すのは、若く青い季節だ。何一つ不自由なく、ただただ人生を謳歌していた時代。

 

彩りは 覚める夢より 鮮やかに

恋する十五は 人生の花

 

父親は言った。

「どんなに拙くても詩を残すことは素晴らしいことだ。その季節の感情がリアルに戻ってくる。だから、可能であれば書くべきだ」

他の兄弟は無視していたが、私は真に受けて書き続けた。元々の性分に合っていたのだろう。もしかすると父親に褒められるのも嬉しかったのかもしれない。

そしてある日、わたしは会ってしまった。

 

美しき 旋律にただ 立ち尽くし

女神薙ぐ音に わたし乱れて

 

「少し難しいが、君は見つけたんだね」その言葉を思い出す。わたしはミューズ…つまり彼女を見つけだのだ!彼女を見つめると言葉が湧く!彼女を見つけると言葉を尽くして讃えたくなる!

一眼見たときは、

 

惚れるまま 凍てつく坂を 直滑降

吹雪に塗れて 永久凍土へ

 

話しかけるときは、

 

トリックを 見破りたいが 見透かされ

魅せられて踏む 囚われの恋

 

ようやく近づいて、ノートを貸すようになって

 

貸したはずの ノートにつっ伏す 横顔に

ホクロを探す 昏き放課後

 

なんてのも作ったっけ。

「で、これはなんなの?」

「え、えーっと、わたしが書いた短歌だけど…」

「へぇ〜、こういうのが好きなんだ?」

「あ、でも別に、自分のためというか…」

「ふーん…

 

龍に鈴 つければ雨が いつ降るか

わかると笑う 傘に雨音

 

…意外とメルヘンなのね?」

「いや、たまたまそうなっただけで、いつもは違うんだけど…」

「あ、これも?

 

パソコンも 叩けば直ると

BANG!BANG!BANG!

ポリプロピレン パオンパオン

 

…何これ?」

「これは、うちの兄貴が壊れたパソコンをぶっ叩いてて『何やってんの?』って聞いたら『直してる』っていうから『はぁ?』と思って、ただその横では妹がビニール袋を風船にしてガシャガシャ遊んでて…で、気がついたらこうなってた…」

「なにそれ」

「別に良いでしょ、返して!」

「えー、仕方ないなぁ…。でも見てみたいなぁ、もっと、きみの作品。今度行っていい?」

 

そして夏休み。書くに恥ずかしい気持ちは、詩の中にだけ残しておく。

 

いすを寄せ ページをめくる 指にふれ

かえす笑顔に 揺れる風鈴

 

顎先に ふれこそばやし ストレリチア

かおる汗あり たつ肌もあり

 

枕元 伏せる獣の 寝息にも

くしゃみがまじり むずがゆき鼻

 

なんと素晴らしい思い出たちだろう。これだけで生きていけるような気がしてた。でもそんな順風満帆には行かないのだ。

 

乗る波に からだ掬われ まっ逆さま

ただ青は青 地球は丸い

 

ユートピアと謳われた生まれ故郷は、住む人々の肉体労働や雑務を可能な限りアンドロイドに任せるという面において非常に先駆的で合った。そして、さらにこだわっていたのはただ有能なだけでなく、美しさも求められていたことだ。そのアンドロイドのデザインを務める人こそこのユートピアの権威であり、偉い王となれる。

 

洗練は 飽かずに探す 翅脈にも

飛んで帰り着く 秋津島にも

 

パリから帰ってきた新たな王はあろうことかわたしの美しきミューズをあっさりと奪い去っていった。それがこの国の王であり、権威であり、権力であった。抗うことなどできないこと…そういうものがあるのだ。

 

王の灰 融化して履く ガラスにも

裂けるザクロは より赤くあれ

 

わたしはこれを書いたっきり、なんの言葉も出なくなってしまった。おそらく、友だちと偽って会うことだって出来たかもしれないし、もっと気楽に手紙だって送れたはずである。しかし、この呪いのような、嫉妬のような、自分でもよく形がハッキリしないままぶつけたこの歌を送ったっきり、手紙には今の生活を書き綴るだけの単調なものに変わってしまった。

その一方で、彼女はというと頻繁に歌を書き、手紙に寄せてくれた。

 

王子待つ 暇はないので 襟ただし

瑞々しき桃 齧り征く夏

 

まだ少し浮かれている頃の歌かな。

 

御々名得し この身に掛かる 威圧ごと

血潮滾らせ 回すダイナモ

 

これは正式に王家に入ったときの歌だろうか…。いま思えば、この頃から彼女の思惑は少し感じていたかもしれない。

 

ひさかたの 閃きはネガ 掌に

織りなすポジティブ とっておきの魔法

 

不意のおばけが 怖くなくなったのは

背を越すものも 多くなったから

 

…よからぬことを考えているのかもしれない。もしかしたら違うかもしれない。それが合っているのかもわからないけれど、少しずつわたしは準備をしていた。

 

耐えうるか 引くエンジンは なお熱く

奮える声に 愛しみを聴け

 

いまだに言葉は出てこないままだ。

しかし、時間がないことだけはわかっている。

もう次はない、もう次はない、そう焦れば焦るほどに言葉は出てこない。声に出ない。

そしてその日はやってくる。

 

大海を 飲み干し今日より 高くあれ

在る種を誦じ より深く知れ

 

この手紙を受け取ったとき、わたしはこの町から出ることにした。よからぬことを企んでいる。そして、逃げろと言っている。しかし、言葉は出ないまま…ただ、その裏には

 

王の灰 融化して履く ガラスにも

裂けるザクロは より赤くあれ

 

そう書き綴られていた。出した歌が返ってきた。バイクに乗り、急ぎ町を出る。一号線に乗ろうというとき、町中のアンドロイドが停止していたのが見えていた。人々は不思議がって近づいている。

爆発音はその直後に聴こえた気がした。

 

オハヨウ!と ガール大声 わたる風

去る踵には 起爆した町

 

ひさびさだからだろうか、ただでさえ拙い歌がさらに拙く感じる。続くには、

 

熱をもて 煌めき自在に 飴細工

焦がれる目には ビターな純情

 

いつかこれを渡さなきゃ…そう思って5年が経ってしまった。結局のところ、わたしは前に進めていたのだろうか…そう思いながら暗闇に包まれたかつてのユートピアを進む…彼女を探しながら。

 

電極の 南北を繋ぎ 夢先へ

照らす東西 声高らかに

 

そこらじゅうにはガラクタと化したアンドロイドたちが散らばっていた…いや、もしかすると人間も混ざっているかもしれない。夜でよかった。そう思った。ここは地獄…そんな場所にいるわたし。

 

裁き待つ 時こそ惜しめ 釣られゆく

糸すがる人の 先の蓮池

 

やがて、煌々と輝く宮殿が現れる。かつて、わたしがどうしても行けなかった場所。おそらく、彼女はあそこにいる。

 

天啓く 太陽高く あればこそ

影より長く 集う人あり

 

そこはこの地獄へと様変わりしたユートピアのなかで唯一輝きを放っている場所だった。宮殿は豪華絢爛な作りで、その分厚い壁を抜けて聞こえる、これまた華美な音楽、なかでは舞踏会が開かれていてさまざまに着飾った人々が踊っている…いや、みんなアンドロイドなのだけれど、しかしわたしがいた頃よりもさらに洗練されていた…いや、わたし好みに変えられていたのかもしれない。

やがて、奥から彼女が現れる。

「おひさしぶり、元気してた?手紙もなにも返ってこないから、結構大変だったのよ?」

「それは申し訳ない…」

「でもいいの。きみは来てくれた。それで十分。

見て!凄いでしょ!これ全部、私が作ったの!もちろん、あなたを迎え入れるため!

 

装いに 漬けて干しては 染め上げる

酸いも甘いも 世界こそ私

 

そんなところかしら!」

「うん…凄くいいと思う」

「でね、ここできみと私は永遠に過ごすの!このユートピアで」

「永遠?」

「そう、永遠!」

そういうと彼女はドレスの裾を捲し上げた。そこに在ったのは生身の人間ではなく、機械の身体だった。

「ずっと寂しい思いをさせてきたと思うの。でも、もうそんなことはさせない。これを見て!」

そこに居たのは5年前の私の形をした “わたし” だった。

「これは?」

「これは、“きみ” だよ。いろんなデーターを入れて、作り上げたんだけど、わたしはせっかくだから今のデーターも入れたいと思って!」

「…そんなことをして、わたしがあなたを嫌いになるかもとは思わないのかい?」

「もし嫌いだったらそもそも来ないわ」

「そっか…」

わたしは5年前の自分と対峙している。あの輝いていた頃の自分を見つめながら、あれが一生続くのならそれでいいと思えた。

「データーを移行したら、そのあとこの肉体はどうなるんだい?」

「もちろん」

そう言って彼女は拳銃を見せる。

「大丈夫、全ては一瞬よ。さぁ、目を合わせて」

わたしはわたしと目を合わせる。

目を通じて、わたしの記憶が、データーとして渡されていくのがわかる。わたしが空っぽになっていく。空っぽになった身体はロボットとなにが違うだろう?それは生きているだけ無意味で、生きているだけで浪費するコストのかかる、ムダなゴミ…。

「ふふふ。もう大丈夫よ。」

ぼくは目覚めた。

かつてのわたしは、涙を流していた。空っぽの体と虚ろな目、全て奪われたのだ、ぼくに。そして渡される拳銃。ぼくがやるのだ。

 

心尽きて 悔しさに涙 溢れても

きみは空への 羽根を掴んだ

 

「上出来ね。あとはここで一生を…いや、永遠を謳歌するの!」

「いや、ここで終わりだ」

ぼくは拳銃を彼女に向ける。

「なぜ弾が二つ入っているんだ?」

彼女は答えない。ただ笑っている。

 

熱をもて 煌めき自在の 飴細工

焦がれる目には ビターな純情

 

「なにそれ?」

「伝え損ねた歌だ」

「まるで別れのようね」

「それこそ、永遠の?」

彼女は答えない。ただ笑っている。

 

答えざる 沈黙は死と言い 撃鉄を

引き香る火煙 東雲と消え

 

朝になる前にここを出たかった。数々の試作品の上にぼくがいる…そう自覚するのが怖かった。しかし、実際のところ死んでいるように見えていたいくつかのアンドロイドはスイッチが切られていただけで夜明けと共に動き出そうとしていた。そしてぼくを見つけて手を振っている。歓迎しているのかもしれない。でもぼくは去るのだ。でも一目散に逃げたあの時とは違う。

 

ふりかえす 手のぬくもりを 握りしめ

「ぼくは変わった。」もう忘れるな

 

きっと、あのユートピアは永遠に存在するのだと思う。スペアなんていくらでも作れるだろうし、もしかすると、もともとその予定でガラクタたちは試作されていたのかもしれないし。ただ、もう訪れるものも居なければ、あの場所を抜け出すものも居ないだろう。

 

月光の さやけき空に 狼は

ただ咽び泣く それもまぼろし

 

全部、消えていくさ。そしてぼくは消えていくものを心に秘めたまま暮らしていく。

 

ひとひらの 涙が雪と 結ぶ夜

ガムを噛みつつ 走る一号線